本作りを終えて 大島
おととい入稿が完了した。
とてもバタバタした。
私の作成した原稿データが、入稿に適したサイズになってなかったことが判明したり、
文字切れが起るレイアウトになってたり、 そもそも文字を詰め込み過ぎだったり、
色々、知らなくて、甘々だった。
そもそも印刷所に入稿する前に予約がいることなども知らなかった。(考えてみれば当たり前だ。印刷所にだって、一度にさばききれる数がある以上、予約制になるだろう)
あと本って、そもそもどういう作りをしていたっけみたいな所(日本語の本は基本右綴じだが、横書き文章は左綴じの方がしっくりくる、とか。)すらわからなかった。
改めて向き合わなければ、わかってないことすら知らなかった。そういうことがたくさんあった。
そんな大変なデータを入稿してくれた山下に感謝したい。
正面切って感謝するのは照れくさいが、そこはもう欧米人的な感じでいきたい。 と思う。
あと、校正に来てくれて色々言ってくれたTくんにも感謝です。
今回の雑誌作りにも反映させて頂いた部分もあり、 また反映しきれなかったことは次回以降の活動に活かしたい。
CDアルバムや本の最後とかにたくさんの人に感謝捧げるの、 読者としてはとくに何も思わずに見ていたけど、そういうこと書く人の気持ちがわかりました。
読者にはやはり関係ないが、それでも、やっぱ言ってしまうものだし、 それで良い。
★反省点
よかったことより先に反省点を書こう。よかったことで締めたいので。
・「雑誌」ではない? 一体これはなんの本?
「雑誌」である必然性は特にないのだが、結構早い段階から「雑誌」という言葉を使っていたので、それならもうちょっと「雑誌らしさ」について考えたり山下と話しながら作ってもよかった。
ゲストを招いた校正会では「雑誌とはなにか?」ということについても少し話した。
例として会場に持参した『BRUTUS』の特別編集号「クラシック音楽をはじめよう。」を引き合いに、
雑誌とは「コンセプトがくっきりして」いて 、主観的、作品的な記事のみならず「知りたいことについて情報が得られる」というところがポイントではないか、
というような話をした。
クラシック音楽について知りたいから読みたい。
文芸誌なら(読みたい作家やテーマの)小説や随筆などがいっぱい載っているから読みたい。
というような、雑誌には「読みたいかどうか事前に判断できる感じ」があるのでは?
また「雑誌でない」とするなら、それは何についての「どんな本」なのか?
これが「何の本なのか」ということがわからなければ、お客さん目線で考えると、けっこう読むか迷う。
それでいて「これはなんなんだ!?」「まとまらなくてもいい、俺たちの全てを込めるんだ」みたいな方針、パッションや必然性もとくになかった。
そして例えば文学フリマの会場で何冊売りたいのか。
売らなくても良いのか? そこは考えているのか。という話から、
「どれだけ内容が良くても、それが伝わらなければ、手に取ってくれないのではないか?」
という命題がみつかった。
売ることを意識しないなら、代わりに、それなりの「やりたいこと」みたいなものはあるのか?
はたまたそういうのをぼんやりしたままでも「とりあえずやってみること」に意味はあるのか?
演劇の公演にも繋がる話だった。
以上のようなことについて、校正会よりもっと前に、打ち合わせてしかるべきであったのかもしれない。 あまりにも編集方針がなさすぎた。話をしなさすぎた。
・勉強をしなさすぎた。
何かを集中的に勉強する動機付けとしての「本作り」はどうだろう? というのが個人的には「本作り」をしようと決めたきっかけだった。
文学フリマというイベントに参加してみたかったというのもでかいが。
公演のためなら集中して稽古せざるえない。
そのように、
本を作るためには集中して勉強、調べ物などをせざるえないのではないか、と考えた。
おそらく、この考え方は間違っていなかった。
今回は、はっきりしたテーマがなかったのもあり、あまり勉強そのものと親和性の高い企画はなかったが、 どのような企画でも学びの種はあった。
例えば、インタビュー記事に関しては、人間の話し言葉は、かなり補わなくては読み言葉(=書き言葉に近い)にならない。ということなどがわかった。
またインタビューして、相手の発言の中に知らないことがあれば調べたし、ときに注釈を書く必要もあり、調べざるを得なかった。(うがった言い方だ)
本作りにはTwitterで呟いたりするより、責任が伴うような感じがしたから。 (でも、本当は、Twitterで呟くことにも責任は伴うし、また、本にデタラメを書いたって構わないのかもしれない)
というように一定の学びを強制する力はあった。
だが、それをどこまで追求するか、ということでなまけてしまえもした。
明確に勉強を要求する企画を立てなかった為でもあるし、 どのような企画であれ本当は必要な勉強を、ある程度しかしなかったことでもある。
上記のどちらに関しても「時間がなかった」とも言える。
「時間がなかった」というのは 「時間の使い方がなっていなかった」と言い換えられる。
われわれは正直、めっちゃ時間掛けた。捧げた。 でも、足りなかった。
掛けた時間の量ではなく、使い方があんまりよくなかったのだと思う。
とにかく、次になんかするとしたら、もっともっと楽がしたいものだ。
だがすべてはこれでよかった。
それを前提に幾多の反省点を思い返しながら、次に進む。
★よかったこと
①完成したこと。
完成しなかったにしても、過程は学びになったに違いないが、 完成したことが誇らしいし、素晴らしい。
この雑誌(?)にどれだけ足りない所があったとしても、その足りなさを形にすることができた。
本当に偉業を成し遂げたものだ。 ちょっとだけ夢想する。
この数十部しか刷らない雑誌が、もしかしたら、将来どっかの離島の本棚とかにぽつんと置かれているかもしれない。そこでわれわれとは世代も何もかもが異なる子供が手に取って読みはじめるかもしれない。
形になるということはそういう可能性が生まれるということだ。
べつにそうなるのが素晴らしいということではない。
ただ、そのような可能性が本というものにはある。
もっと、リアルな話をするなら、まずぼく自身が読み返して、思い出すだろう。 自分の間違いや、愚かさや不明、もしかしたら良い所を。
ブログにしたって、ツイッターにしたってそうじゃん、という向きもあろうが、 そして、それは正しい部分もあるが、それにしたって、僕は物体の魔力を信じている。
本は独立した物体として完結している。 はてなブログとも、ツイッターとも(僕自身とも?)関係なく、物体として存在する。
②色々失敗したこと。
単純に、次はもっと良くなるに違いない。
次があるかはわからないが、 反省にも書いたたくさんの失敗は挑戦した結果得たものだ。 だから、これでよかったのだ。
きっと次はしっかりしたテーマの元に、 多くの知見のある素晴らしい雑誌が、またはあきらかにこれはヤバいとわかるようなカオスな物体が作れるに違いない。
校正のときには「雑誌て何?」みたいな話にならずに、もっと校正(誤字を直したり、レイアウトのミスを発見したり)らしいことができるはずだし、
何よりきっと入稿前に予約することだろう。そうすれば割引だって受けられる。
★どんな雑誌になったか。
友達やクリエイターのインタビューほか、ローリングあざらし撲殺の活動についてほんのりふれたり、山下と大島、おのおのの戯曲や小説、エッセイなどの作品をまとめた、まさにローリングあざらし撲殺の本となった。
2019年に上演した山下と大島の共作台本『ペペとエミオール』完全収録! 90ページ。定価500円
5/16(日)文学フリマで販売予定!
⬇️文学フリマ公式サイト⬇️
【お知らせ】2021.5.16(日) 文学フリマ 東京
お知らせです。
去年開催中止となった【文学フリマ東京】に、今年改めて出店することにしました。
作るものは変わらず雑誌ですが、
1年も経っているので内容は変わっています。
テーマとか、ない。
誰かのインタビューとか、漫画とか、小説とか、エッセイとか(そんな予定は現時点ではないが…)
そういったものを掲載します。
詳細はツイッターなどで追々つぶやきます。
とにかく楽しくつくりたいし、楽しいものをつくりたいとおもっています。
まだまだ大きな声で「来てね」とは言えませんが、
もしタイミングや気持ちがあえば、お会いできればうれしいです。
買ってくれると、もっとうれしい。
来れなくても通販や、公演をやることがあればそこで買えるようにしたいとおもっているので、注目いただければ幸いです。
【詳細】
◆開催日時:2021年 5/16(日)12:00〜17:00
◆会場:東京流通センター 第一展示場
◆アクセス:https://bunfree.net/access/tokyo-trc1/
感染症対策・ご来場のお客様へのお願い等詳しくは文学フリマHPをご確認ください。
ミノタウロス会アーカイブ(後編)シノプシス発表&講評
二部 シノプシス発表&講評
前半はコチラ→(前半)概要&Wikipediaを読んでワイワイ話す
書き終えた後、おのおのが全員分を黙読。
阿弥陀籤で講評の順番を決めてから、第二部スタート。
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①山下作『生け贄』
https://drive.google.com/file/d/1Mo4LebUeOv3scvbThMubM9GVUsxflJ0p/view?usp=sharing
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山下 書く前にもっかい読んだときに、この生け贄にされた少年少女辛いなぁみたいな。なんだかわからないけど、働いてる自分と重ねてしまったところがあった。「え? なに?」みたいなことってあるじゃん。生け贄にされた少年少女たちも「え? なに?」っていうのがたぶん第一の感想だと思う。そこをメインとして描きたいな、と改めて読んだときに思った。「それこそ企業とかの話にしようかな」みたいな脱線を途中でしかけたんだけど、「いや、シノプシスの話だ、シノプシスを書かなきゃ」ってなって軌道修正した。この『ミノタウロス』の中で終わらすように考えた。だから正直終わり方としては別に面白くない。
大島 でも「英雄の使命感だけで少年少女を救った」っていう記号感がすげー好きだなと思った。
徳永 最後の記号感僕も好きだった。
大島 徹底して英雄に対して冷たいよね。やっぱ働いている身としては?
山下 別に助けに来られたところで「はあ?」って思う。それは「あなたの英雄としての使命感だけですよね」と。そういう人っているじゃん。どこにでもたぶん。なんかそういうのを感じたわ。
徳永 でもめっちゃスリリングな話になりそうよね。囲われてるし。
大島 ジャンルものっぽいですよね。ホラー映画とか。
徳永 バトロワ感あるもの。
大島 「二日ほど何事もなく快適に過ごしていたが」ってあたりが分ってるよね。
徳永 最初の平穏さいい。
荒田 すごく良かった。
山下 ああもうこれは絶対初めの方じゃないな、もう本当に一日とかそのぐらいの単位感覚じゃないと持たんよな、と感じた。
小室 壁画が増えていくんですね。
徳永 ああ、いい。
大島 初め綺麗な画に見えるんだね。意味が分かってないと。だから初めの子供のときは壁画がなかったけど、次の9年目とかになると、
徳永 仲間が1人減って、壁見たら、綺麗な画が1つ増えてる。
大島 それはもう綺麗じゃないよ。子供をなんだと思ってるの。
徳永 かわいい画増えてんなと思ったら、アイツがいない「はっ!」とするパターンや。
大島 確かに映画っぽい。
徳永 ジャンル映画感あって楽しそう。
大島 でもそれって生け贄がどう死ぬかを楽しんで見るみたいなスタンスやから、茜ちゃん(山下)の言ってた共感みたいなものが初め読んだときは全くなかった。
徳永 え! でも僕けっこう少年少女たちに感情移入できるなって感じはあったけど。おもむろに呼ばれたとこで最初は良かったけど、じつはヤバいみたいな状況ってけっこうよくあるし。ミノタウロスめっちゃ怖いだろうなと思って。
大島 自分たち用の施設じゃなかったっていうことですよね。「スパかな?」みたいな、さらっとしたこう乾いた石みたいな床で、温泉とかもあって、広々としてて、でもどうしてこんなに天井が高いんだろう? と思ったら、
徳永 すっごい広い風呂だと思ったら。
大島 「ベッドも広々してるし、サイコー」とか思ってたら、そのサイズに合ったでっかい奴が入ってきて……かわいそう。
荒田 この話では屋敷の主人なんですね。閉じ込められたとかじゃなくて。
山下 そう。そういうことにしました。
大島 本当だ。
小室 スーツとか着てそう。
一同 あー。
山下 それまでもなんかあるんだろうけど、ここのメインは少年少女たちだから。
大島 独立したミノタウロスの話なんですね。だからスーツを着てるかもしれない。
徳永 まあでも順応してるわけよね。その迷宮に。
山下 してます。
徳永 なにげに「三日目の午前中」っていうこまかい時間設定が良いなって思った。
小室 たしかに。
徳永 午後は一体。どんな……!
荒田 午後になると、夕方なので暗くなってきて、なにか新たな……、
徳永 また別の……! 暗闇で! 暗闇での闘いが……。
大島 怖いよぉ。
徳永 ミノタウロス絶対耳もいいもんな。
荒田 ミノタウロスが何を考えてるのかっていうのが徹底して出てこないのがすごく良いなと思いました。
徳永 謎の恐怖として出る。……どんな子供たちかも気になってくるもん。ここまできたら。
大島 「とにかく生き続けることを選ぶ者と、逃げて死を選ぶもの」逃げて死を選ぶ者っていうのがなんかもう悲しいっすね。死ぬ為に逃げるっていう。
山下 わかってるかどうかっていうのは考えてなかったけど、
大島 わかってるって、逃げたら死ぬっていうのが?
山下 そうそう。
大島 テセウスがどうやって知ったかが気になる。
徳永 まあでも、毎年子供たちを送り込むっていう行事が行われてたから。わかんねぇけど八岐大蛇神話みたいな感じで、たまたま?
大島 ミノタウロスも突然出てきたからテセウスも突然出てきて映画としてはすげーいいのかもしんない。テセウス、なんかキラッキラした感じの。
徳永 白人だろうね。
大島 ラガーマンみたいな感じの。壁画を見て拳を握りしめるんだろうな。テセウス即分るからそういうの。
荒田 茜さんの「自分たち社員の話」っていうのを聞いてから、一番最後の「もうそんなことはどうでもよくなっていた」が意味深に、なんかきました。
徳永 一気に共感性上がった。
小室 これは想定だったら何人ぐらい生き残ってる想定なんですか?
荒田 (男女)7人ずつなんでしたっけ?
徳永 14人おるってこと?
山下 ……3人くらいかな。
一同 3人!
徳永 やっぱそのくらい、メイン3人で。
大島 メイン、メインって見方がやばい。フィクション脳。
徳永 『約束のネバーランド』的な。
山下 あ、それですわ、約ネバですわ。
大島 でも全然ちゃんと完結してましたね。話として。あと、ちょっと思ったのが、少年少女区別なく犯されるって言う。それとも、少年少女だからあんまり性別の概念ないのかなぁ。11歳、10歳とかだったらもう。
徳永 あー。あるっちゃあるし、ないっちゃない。
大島 何歳くらいなの、これ?
山下 わたしの感覚では14歳くらいかなっていう。
徳永 割と大人だなぁ。
大島 じゃああれだなぁ、もう酸いも甘いも、
徳永 酸いはまだあんまり。ちょうど知り始めかなぁ。……ミノタウロスはそもそも牛なんよな。
大島 どんだけ揉めてても両方被害者って言うのがすげぇ。ある意味平等って感じがしてすげぇ。
徳永 でも相当な犯され方なんだろうな、っていうのが、思ったよねやっぱり。
大島 出てますよね、これ、文章から。「まとめてめちゃくちゃに犯される」
徳永 まとめてだよ。
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②小室『無題』
https://drive.google.com/file/d/1e3ifo0E9UZuTRO7AQIMWth_nQCb2er3t/view?usp=sharing
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小室 皆さんみたいに「これで一回書いてみるか」みたいな所にまで至らなかったんですけど。一応ストーリー的な物だと2枚目の最初にちょっと書いてるやつと下に区切って書いてあるやつの2パターンあるなって考えてる途中です。
大島 ドラマがないって途中で書いてあるけど、この煮え切らない感じはすげぇシンパシーを感じる。皆で「仇を討とう」って話してるけど、仇討ちに積極的じゃない派閥もあって、みたいな過剰に複雑化していった結果、話が明快に進まない。
小室 ミノタウロス自体をあんまり人っぽく書きたくないっていうのがありました。かといってダイダロスとか他の人を中心に据えても、それはそれで独立した話になって、ミノタウロスの話にはならない。それでちょっと考えた結果、一個目はもうミノタウロスは出さない方向でと思いました。
徳永 ミノタウロスの子供を集めたシェルターがあって、みんなちょっと牛って面白いと思った。なんか可愛い。
荒田 一番牛要素が薄い奴が逆にないがしろにされていると言うことが、
徳永 逆転してる。
荒田 世界観として。
大島 ミノタウロスを憎んでる感がある? ああ、憎んでないのか? テセウスを殺そうって言ってるから。
小室 でもミノタウロスと面会はしてないから。たぶん、なんとなくテセウスに殺されたってことは知ってるけど、ミノタウロス自体のことはそんなにわかんない、みたいな。
大島 ミノタウロスの首が飾ってあるって書いてあるけど、首だけ飾ってあったら牛じゃん。だから見る度「牛なんだよなぁ」って。「(本物の牛の首と)入れ替わったんじゃないかな」「本当にこれ父さんなのかな」みたいなこと思いそう。複雑。
徳永 おばあちゃんおじいちゃんと子供たち皆でわりと仲良く過ごせてる感じあるの、ちょっといい。
大島 でもやっぱ世紀末感ありますよね。北斗の拳的な、シェルターから出たら、もう安全な所はない感じ。
小室 シェルターというか、そういう施設。親元では育ててもらえないから。
大島 災害みたいな。
荒田 ミノタウロスがめちゃくちゃしまくったっていうのは、
小室 偉い人を殺したとか、そういう特定の罪があるわけじゃなくて、手が付けられない、手に負えないっていう。その手に負えないときに何か色々していたんだろうなって想定です。
荒田 この下の会話っぽいところがすごく好きで「でも一番の復讐はこの血を後世に残すことじゃないすかね」「父親どういう人だったんすかね」っていうのが書いてあるだけなんですけど、会話している図が思い浮かぶ。牛要素が薄い奴の方がたぶんお父さんみたいにめちゃくちゃにはなんないんだろうけど、ないがしろにされてんだなぁっていうのは不思議な構造で面白いなーって。それを想像するのが楽しい。
小室 牛としてよいのか人としてよいのかがやっぱりちょっとわかんないみたいな。でもその牛と人のあいのこである苦悩みたいなのを書くのはちょっとだせぇかな、みたいな自意識が。
大島 そもそも親が牛っていうのがあんまり想像出来ないと思うんすよね。ナンセンスすぎて。だから「父親どういう人だったんすかね」って話してても牛について話してるわけだから、かなり面白いことになってる。
小室 でも半分人だから。ミノタウロスは父が牛で母が人、その子供は言うならばクォーターで、人間多めだからまだ人として扱えるな、みたいな気持ちがあるかも。
大島 そうか。でも首はただの牛なんだよなー。
山下 わたしもこの「復讐は呪われた血を残す」っていうところに、なんか容赦なさを感じて、好きでした。
徳永 この下のちょっとあるやつ、テセウス待っちゃってるのは?
小室 あれはちょっと途中だったんで。3枚目があって、3枚目は出さなかったんですけど。ミノタウロスが自分で「本能抑えられないから迷宮作ってください」って言って迷宮作ってもらって入った。でもやっぱり抑えられないからめちゃくちゃに、送られてきた人食べたりして。でもしっかり人間的に「ああもう、何やってんだろうな」っていう自己嫌悪があって、テセウスが来たときには「あ、嬉しい。殺してもらえるんだ」って言ったら、テセウスはミノタウロスの人間的な部分に情けを感じて許そうとするんですけど、ミノタウロスはテセウスを見てたらちょっとムラムラしてきちゃってそのままテセウスを犯そうとする。テセウスは「あ、こいつ本当牛なんだ」ってことに気づいて、殺して、生け贄としてポセイドンに捧げるっていう。
大島 あー完結してる。
徳永 一瞬人情あるような話になったけど、最後は。
大島 あと聞いてて思ったけど、牛っていう存在が人を食うものだったり、人を襲うものだったりして、すげぇなんか本当に邪悪な、
徳永 本当は食われる物なのに。
大島 本当は食われる物って考え方ヤバいっすよ。……でも一つ目の話はやっぱり牛を巡る話に牛が出てこないことで「牛って何だろう」みたいなことを考える、牛っていうか、「ミノタウロスってなんだろう」みたいなことを考えるところが、繰り返しになるけど、なんか良いっすよね。災害。
徳永 不在劇っていう感じにちゃんとなってる。しかも父親が曖昧な存在っていう。考えても考えても曖昧な存在っていうのが良いよね。牛で人で。混乱してるところもいいし。
山下 Wikipediaっぽさがそこに現れているんじゃないですか。
一同 おーっ。
小室 Wikipediaっぽさはちょっと意識してます。
徳永 面白い。
大島 たしかに、鵺ですよね。色んな話がある。この「時代感とか、子供ひとりひとりバラバラ、倫理とか」っていうのはどういうあれなんですか?
小室 そもそもこれは神話の話で、生け贄とかそういう要素は今では受け入れづらい。例えばこれが、古典戯曲として『ミノタウロス』が存在しててやるとかだったら、何千年も昔に作られたギリシャ悲劇ということで見逃せる部分というか、違和感なく見れる部分があると思うんですけど、ミノタウロスっていう伝説を基に今作るんだったら、そういう古過ぎる、今では許容できない価値観みたいなものをそのまま扱うことが難しい。そこで、子供が何人もいれば、すごく現代的な考えから、当時っていうか、ギリシャ的な猥雑な感じまで、色々な価値観が、マイルドというか配慮しつつ書けるかなと。
大島 いま小室が言ってたことと関係ない、ここの所を読んだときに患った妄想なんですけど、世相がめっちゃ変わってて、いつ迷宮に投入されたかで子供の思想が違うっていう話です。第一陣はめっちゃリベラルで、第ニ陣はめちゃくちゃ国粋主義的とか、そんくらいすげぇ変わってたら、迷宮に入ってからどうなるか? ……10年で世相、変わるか? って感じだけど、ひどい状況に置かれたときの受けとめ方が、迷宮入る前から抑圧されてたやつと、迷宮は入る前は自由な感じだった人でまた違うのかなぁ、みたいな話を想像しました。ちょっと切ないっすよね。妄想ですけど。
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③荒田『無題』
https://drive.google.com/file/d/1i5b5CyqDM0aPFyc-TdEupilCq24WRTuq/view?usp=sharing
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荒田 (執筆タイムの)一番最後に調べたんですけど、牛は赤い色に反応するわけじゃないみたいですね。
一同 えー。
大島 じゃ、闘牛はなんなんですかね?
荒田 あれはなんか動きに反応してるだけみたいです。
大島 これが一番ワンアイデアとしてシンプルなだけに強いですよね。赤色見るたびに興奮してたらけっこう大変だと思います。
徳永 しかも世界に赤色が多くなっていくの、こっちにはどうしようもないもんね。増えていっちゃうのは。それに舞台的に表現しやすそうやし。
大島 自分が苦手な物が増えていくってヤバいっすねぇ。
徳永 ポストとかなんか異様に立ってきたりする……でも赤増えていくん面白いなと思って。やっぱもう、最後みんな赤い服しか着てないやろうし。
山下 演劇的だなぁという感じがした。
徳永 視覚的で演劇的だと思った。
荒田 なんで牛なんだろうなっていうのがWikipediaを読んでからずっとありました。私的にはですけど、牛って扱いに困ると敵になるんだろうけど、優しい目をしてるし、なんで選んだんだろうなって。じゃあ牛の特徴ってなんだろう、みたいなことを考えて、赤色かなっていうところから赤を入れたんですけど。
徳永 戦争=血とかっていうメタファーもまあギリシャ悲劇的でもあるもんね。
大島 これ漫画、とくに短編漫画っぽいと思ったところがあるんですよ。はじめ穏やかな生活してて、突如すげぇ唐突に展開するじゃないすか、血塗れの男に刺され狂って死ぬとか、この前半に穏やかさと不穏さがあって、後半唐突になんか起きて死ぬって、なんかすごい短編、って感じがする。短編漫画。
徳永 すごい、いい感じにまとまってるんよね。カーテン開けられるってところも視覚的でいいなと思った。
大島 あー。これはいいですね。漫画っぽいっていうのはこういうところかもしれない。
徳永 絵で浮かぶっていう。
大島 浮かぶ。テセウス出てきてカーテンをパシャーッとやって夕日が出てきたとき、すげーコマでかいんだろうなみたいな。漫画家の表現によるかもしれんけど。
徳永 見開きで書かれるようなシーンな気がする。
山下 この最初の「顔こそ牛だが」っていう表現が、私は荒田さんの優しさが出ていてとても好きです。「顔こそ牛」のやつが最終的に(暖かい・やさしい…かはわからんが)夕日に照らされていく様はいいなぁって思った。
徳永 迷宮に入ったときからこの牛の所は暗く描いてたんだけど、開けた瞬間もう確実にくっきり描かれるんだろうな、みたいなよくわかんない視覚的なイメージが沸く。
小室 「顔こそ牛」って、確かになぁと思って。身体が馬とかもいるじゃないですか。やっぱ身体が馬よりは顔が牛の方が生き易そうだなぁってなんとなく、
一同 はははは。
小室 思ったって言う。
大島 馬として使われそうだもんね。すげぇ急いでるときに。
徳永 乗せてってくれよって。
大島 「顔が牛」ってヤバいなぁ。顔なんだなやっぱ。……下にメモみたいな感じで、色々分けて書いてあるのは何でしょうか?
荒田 実際に書いてくとしたら何を肉付けしていけばいいのかなっていうのを、書いていたり書いてなかったり。やっぱりこの絵も後ろから伸びている手っていうのが気になって。出典の絵を見れば普通にいるのかもしれないけど、この枠内で考えると何なのかな、っていうのを付け足したりすると面白いかなぁみたいな。
大島 実際この場面に居る人じゃなさそうですよね。なんか不可視な存在と言うか。
荒田 母とは仲良かったっていう設定ではあるんですけど。母以外に心を通わせてる人がいて、その人の手なのかなとかいう想像をして、ここには書けてないんだけれど、メモには書いています。あとなんかテセウスみたいな人があんま好きじゃないんで私。
一同 あー。
荒田 ミノタウロスに対しては今言っていただいたような感じで優しいのかもしれないんですけど、テセウスって。いきなり来て殺したなっていうのがあって。それが最後の部分に……話し合えなかったのかな。
大島 英雄だもんな。
小室 このテセウスはどういう気持ちでカーテンを開けたんですか? 「外出た方がいいよーぉ」みたいな?
荒田 そうそう。
一同 あーっ!
徳永 優しい気持ちだったんや。
大島 友人だもんね。
荒田 あの、想定してたのは、「まあまあ、日でも」「こんな暗い部屋で……」つって。
一同 はははは。
荒田 正義を押し付けてくる。まあでもそれはちっちゃい、正義ですけど。
徳永 空気入れ換えて。
荒田 いるじゃないですか、そういう人。ぱっと開けたら、めっちゃ夕日で。
小室 本当じゃあ何気ない善意で。
荒田 向こう的には善意だと思っている②と、①の血塗れの男っていうのは、テセウスであってもいいかもしれないんですけど、本当に謎の人がいきなり入ってきて殺される。それか、知人の小さな善意によって殺されるっていうのか、どっちかなっていうのを考えてました。
徳永 しかも結局テセウス、自分の身を守ろうと思って殺しちゃったから。
荒田 狂いはじめたんで「ちょっと怖いな、身を守らなきゃ」と思って殺した。
大島 ミノタウロスは繊細とまで言わないけど、タイプが違うテセウスと友人になれたんすかね。
荒田 そうですね。それはたしかになぁ。わかんないなぁ。なんかこの絵を見るとすごいグイグイくるなみたいな。そういう人なんですかね。テセウス。
徳永 テセウス的には友人と思ってたかどうかみたいな。
大島 思ってたでしょう。友人のハードルが低いんじゃないですかテセウス。
徳永 いっぱいいるから。一回二回喋ったら友人ってことに。逆にミノタウロスもハードル低いから。友達おらんもん。
大島 友達いなかったら低くなるかなぁ。高くなることもあるんじゃないですか?
徳永 そりゃあミノタウロスによるよね。このミノタウロスはたしかに高くなるかもね。
大島 テセウスはもしかしたら、ハードルが低すぎて、ミノタウロスの頭が牛ってことに気づいてなかったのかもしれない。
徳永 見てねぇ!
小室 テセウスはミノタウロスを殺した後にどういう感じだったんですか。結局「ミノタウロスを成敗しなきゃ」と思って来たわけじゃなくて、うっかりカーテン開けて、「あ、やばっ」と思って、うっかり殺しちゃうみたいな感じじゃないですか。テセウス的にそれは、やっぱりすごく自責の念に駆られるのか、それともそれはそれで、
荒田 わかんないですけど、わかんないんですけど、ミノタウロスにはわりと周りに迷惑をかけてきた実績があるんですね。で、これも今思いついた順で適当に話しますけど。テセウスもなんか生きづらさがあったのかもしれないけど、このミノタウロスと仲良くしてやってる感、っていうのがあったとしたら。やっぱ殺すときに一番先に出るのって「こいつ元から危ない奴だったよな」みたいな感じはあると思うんですよ。だから、そういう意味で言えば、正当防衛。
小室 特に気にしないって感じ。
荒田 そこまで考えてなかったんですが。
小室 いや、面白いなと思って。
大島 そうやって聞くとけっこうテセウスのこと好きになっちゃうっすね。なんか、すげー単純で。
徳永 それ、あんたの好きな白人像や。(※大島の好きな白人像。金髪碧目のマッチョ。歯並びの良い白い歯を見せて笑う。=フラッシュゴードンとかロッキーホラーショーのロッキーとか)
大島 ちょっとマイノリティだけど「俺そういうの気にしないぜ」っつって、仲良くなった子と、で「あ! うわーうわーあーあーあ! こいつ危ない奴だったぜ」って。「さあ、今日は何食べようかなぁ」みたいな。
徳永 あっけらかんとしてるんだね。
大島 わかんない。生きづらいなぁ。こいつも生きづらいんだろうなぁ。
荒田 そうかもしれないですね。
徳永 テセウスも強靭なパワーを持ってて、ミノタウロスもやっぱ強靭なパワーを持ってる同士ではあるから。
大島 ラガーマン同士の。
徳永 パワータイプ同士の会話ではある。
大島 「母は母で正気でいたり正気でいられなかったりする」っていう文面。なかなかヘヴィなものがあると思うんですけど。
小室 これって、上の①②みたいに、正気でいられるパターンと正気で居られないパターンがあるっていうよりは痴呆症みたいな感じですか?
荒田 なんか、痴呆症まではいかないけど、あっけらんとしているときもあれば、あたしなんか牛とやっちゃったんだ、みたいな。
小室 そうか。正気な状態だともの凄い子供への後悔っていうか。牛との子供を作っちゃったよみたいな感じになる。
荒田 正気ですね。正気が何を現わすのか。正気っていうのはたぶん「母として子を育ててる」みたいな部分なのかなぁ。正気で居られなかったりする部分は、過去に心が戻ってしまうみたいなのをちょっと想像していました。
徳永 ミノタウロスの前でもその感情のゆらぎっていうか、正気であったり、なかったりすることはあるんですか? ミノタウロスが居ないときそうなるとかじゃなくて。
荒田 母って、私の母を例に出して言えば、めっちゃ顔に出ると思ってるから、そうでない母も普通にいるんでしょうけど、ミノタウロスの前でも出てるのかなぁっていう。まあそれがどのレベルでっていうのはわかんないんですけど、だからミノタウロスもこう、考えるところがある。みたいなことを考えました。
徳永 ミノタウロスも母親の浮き沈みで翻弄されそう。
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④大島作『無題』
https://drive.google.com/file/d/1zD9xYsFv2bHZHEwMzmddhet5YKfHP2jv/view?usp=sharing
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小室 純粋に一番素直に書いてるなと思ってすごく良かった。
徳永 なんかわかりやすかったこれ。
大島 やっぱシノプシスが何か分らないから、なるべく自分を殺そうと思ったけど、なんか狂気の世界って書いてあるあたり自分が出ちゃったなと思ったけど。
徳永 部屋の描写とか大島くんっぽい。過剰にキモイっていう。
大島 やめてくれよ。
徳永 確実にこの部屋は、呪われてるわ王妃と思ったもん。
荒田 王妃の部屋いいですよね。
大島 ありがとうございます。やったー。ほら。
徳永 僕もキモくていいなって思った話だから。
大島 個人的にやっぱ自分を殺して書いてても、子供が欲しくて任活に励んでるっていう文章はキモいなぁみたいに思いながらも。
山下 そこは大島くんだと思ったけど。
徳永 そこは普通に大島くんっぽいよ。
大島 なんでだよ。
山下 いや、もちろん、良い意味で。
徳永 みんな精一杯「良い意味で」って、絞り出すように(笑)……あと僕、この交わった後に呪いが解けるっていうギミック、ナイスだなと思った。なんかファンタジーでありそうで腑に落ちるし、この後パーシパエどう扱おうみたいな気持ちになったけど「これいいやん」と思って。あと「産道にひっかかっている、角だ」って痛そうやし。生まれたときから角生えてるんかいと思ったけど、これは王妃死ぬなと思ったもん。
小室 なんで呪い、このタイミングで解かそうと思ったんですか。
大島 やっぱりポセイドンがより悲劇的になるように、効果的なところで止めるんじゃないかって。呪いってなんか「目的が完遂したら解ける」みたいなイメージがあって。だから一番効果あるところがもう終わったら呪いを解いて、あとは悲劇に落ちるだけ、みたいな。
徳永 たしかに、一番ヤなタイミングだなと思ったもん。解けるの。
小室 赤児が生まれてきて牛だってなって、王妃が気失ってそれを見た王が牛舎に走って牛の首を刎ねる、っていうのもスピード感があっていい。もう「アイツだ!」ってことに気づいたんだなって。
大島 「罰だぁー!」みたいな。
徳永 僕もこのすぐ「復讐だ!」みたいな発想で首を刎ねに行くの「ギリシャ悲劇っぽ」って。
大島 (俺の中の)ギリシャ人だから。子供が牛だった瞬間に「ああこれは神が関わってる」って気づいて、全部ピーンと「ああ、あのとき俺がああしたから」で「あの牛を欲しがったからだ」って牛を殺して、この時点では王は、王妃が牛と交わったんじゃなくて、罰として、普通の子供が牛にされたのかなと思ってた。書き方ちょっと雑ですけど。
徳永 そっか。任活してたから「俺の子や」と思ってて。
大島 そうそう、俺の子やと思ってて。
徳永 あ、伏線が効いてるんや。
大島 はらたつなー。
小室 死んだ王妃と頭が牛の赤ん坊っていうのは、王妃が発狂っていうか「えぇーっ!? これ???」ってなって心中したんですか?
大島 これも記述が雑ですけど、王妃は(産褥で)死んでて、赤児だけが遺されてる。ゆえに王様は、王妃との繋がり的な意味でも、この赤児(ミノタウロス)を背負っていかざるえないみたいな。だから始まる所で終わる話。プロローグみたいな。
徳永 王妃が憧れの白牛がモブ牛と交わっていることに嫉妬しているところもなんかめっちゃ人間的やし。牛を好きになるってこういうことか。みたいな気持ちになった。生々しくていいと思った。
大島 その牛は吊るされるんすけど、殺して。
荒田 なるほど王妃に。
大島 だからあの、王妃の部屋に牛の絵がいっぱいあって、雌牛と子牛の死体が吊るされてるっていうのは、全部身体がまだらの子牛と、交わった雌牛を吊るしているっていう。
荒田 この絵は自分で王妃が。
大島 はい。
荒田 「自分が牛だったら、ここかしら、ここが牛なのかしら」っていうのを想像して書いた?
大島 たぶん。錯乱してるから。系統だった論理はないと思うんですけど、でもそういうときもあって、生まれた子供はどうなるんだろう、みたいなのもあって。でも呪いで頭がもうはちはちになってるから、その呪いが解けた王妃の目から見たら「なんておぞましい」みたいな絵を量産してた。
徳永 てっきり殺した牛の血でこの絵を描いてるのかなと思ったけど、
大島 そういう描写は考えてなかったですね。
大島 個人的にはシノプシスってあらすじ感があったから、あらすじっぽく書こうと思ったけれど、みんな結構違う書き方してたからサンプルとして普通に書いてみてよかったかも。これで合ってるのか、合ってるとかあるのかわかんないですけど。
徳永 でもプロットとかってこんな感じじゃない?
大島 そうなんですか?
徳永 (台本を)書く前に書く。ざっくりしたラインみたいな。あらすじみたいな。
大島 この話はけっこうでかい話になっちゃうんですけど「戯曲を書くとき、始めにどうするか」って、みんなけっこう違うと思っていて、僕はあらかじめプロットみたいなのを書いて、それに従って書くっていうことが出来た試しがなくて、いつもひたすら何回も書き直すみたいな方法でしか台本が書けない。いつも(シノプシスを使うような書き方を)やりたいとは思っているんですが。……徳永さんはけっこうハイペースで脚本を書いてますよね。
徳永 そんなことない。月、1本くらい。
大島 月に1本くらい2時間ものとか書いてますよね。だから本当に量産力っていうか、普通に組み上げてから書きますもんね。
徳永 そうそう。シーンと流れだけ作ってから書きます。プロットってかシーン。このシーン書く、このシーン書く、このシーン書く、っていうのだけばぁーって一言ずつ書いていって、で(本編)書くみたいな感じ。
大島 そういう書き方とか、劇作家のそれぞれの手癖みたいを知りたいっていう企画でもあったんですね。まあ、もうかなり出てますけどね。皆。
徳永 題材に対してこういう切り口で作品にしていくんだっていうのがよく見えてくるよね。
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⑤徳永作『ミノタウロス』
https://drive.google.com/file/d/1aZBqfLbi-E4CTP_A75LsZO0HNU0ktvCH/view?usp=sharing
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徳永 これ「ミノタウロスなかなかかわいそうな奴なんじゃないかなーって話」でまとめてるけど、照れ隠しで書いただけで。どちらかというと「誰が悪いのかよくわかんねーみたいな感じの話」にしようと思った。それと、さっきの大島くんの書き出すときの話みたいなやつ、僕の中で全然まとまんないままで、極力セリフから書いてみた。そうするとイメージしやすくて、そういう感じでなんとなく一回書いていってみたって感じです。ミノタウロスと少年たちの触れ合いを書こうかと思った。
大島 これ構成が面白い形になっていますね。
徳永 ぼくの中ではこれが構成なんだ。このプロット構成、急ごしらえで作ったんよね。ミノタウロスの回想をしながら、ときどき実際の話を進める。
大島 じゃあこれは劇の時系列に従ってるんですか?
徳永 従ってる。前日譚が挿入されるだけであって、このナンバリングの進行が時系列っすね。ミノタウロスの話⇒昔の話⇒ミノタウロスの話の続き⇒昔の話の続きみたいな。ここに入れたら変な感じでミノタウロスに感情移入できるんじゃないかと思って。
山下 大島くんのときも思ったんですけど、徳永さんのも牛の扱いがめちゃくちゃ魅力的だなぁと。なんていうんですか、雑に扱うところは雑に扱うみたいな。バランスの良さがいいなと。
徳永 牛に対して?
山下 全体。キャラクターが魅力的で良いなと思いました。わたしは苦手なんで。
大島 まあでも(山下は)狂ったような文章いっぱい書けるから羨ましい。
大島 これ「星」って名前つけてるあたりがポエミーですよね。
徳永 ポエミーでしょ。ミノタウロスが子供たちに自分のことを「星」って呼ばせてるん。
大島 これ母親が牛に惚れたままパターンなんですね。僕のやつが呪い解けちゃって「うわーおぞまし」ってなるんだったら。こっちは生まれても牛好きなまんまだから「うわーそっくり、めっちゃ可愛い」ってなるんだなぁ。
徳永 「良い顔」ってなっちゃって「星のように輝いてるな、……星」って名付けた。
荒田 幽閉生活はシリアスって言ったらシリアスな気がするんですけど、少年の、ミノタウロスという人の繊細さとかが現れてるシーンに、この母のエピソードを交互に入れてくる、このなんか、なんていうんですか、この組み合わせっていうのは、どういうところから?
徳永 なんか微笑ましい…、いや微笑ましくないかミノタウロスの話は。ミノタウロスは少年たちとすごく仲良く楽しく過ごしてるんだけど、急に自分をコントロールできなくなって、殺しちゃったりする。まあミノタウロスには罪があるよ。罪があるけど、でも元を辿るとなんかよくわかんないけど、まず母親が牛とファックして、産んで、まあ一応愛されてた。そういう「こういうヤバい奴なんだけど一応こういう過去があったよ」みたいなのを入れながら進んでいったら、ミノタウロスの見え方が最初とは変わっていくんじゃないかな、という効果を狙ってみたかな。最初読んだとき、こいつぜんぜん感情移入できないなと思って。でもうまいこと構成で過去の話、ミノタウロスになってしまった理由のシーンを入れていったらもしかして感情移入できる存在になっていくんじゃないかな、っていう好奇心があってやってみたって感じですね。
荒田 このWikipediaを最初に見たときもそうですけど、これは母親が牛とやっちゃう件とかがぶっ飛び展開じゃないですか、けっこう、こう、わたしのイメージだけど、漫画とかでも過去の方が暗いことが多いじゃないですか。その過去が「頑張ったのね、可哀相だったね」っていう感情移入の仕方じゃなくて、ある意味「大変だったね」っていう、ミノタウロスへの不思議な感情移入の仕方ができそうな気がしてきました今、話を聞いて。
徳永 牛の頭ゆえに、ゆえにってことでこんな感じになっちゃってるけど、その原因にミノタウロスの意志は関わってなくて、親たちの呪いの関係で牛として生まれちゃったと。で、結果ダイダロスが色々やって今に至る。みたいな感じになった。結果翻弄されすぎて引きこもっているミノタウロス、みたいな方向になっちゃいましたね。
大島 めっちゃ幼いですよね、このミノタウロス。イノセントっちゃイノセント。母親の模型を愛でてる所から始まって、で、子供は成長して、ミノタウロスの好きな遊びをしてくれなくなるし、恋愛とか、ミノタウロスには不可能なことをどんどんしようとするから、殺して、またリセットして、ずっと同じ所にいるっていう。で、テセウスが来て殺されるっていう。
徳永 邪悪なピーターパン。
大島 ピーターパンですよね。スタンドバイミーって最初に書いてあるけど、やっぱ子供ですよね。
徳永 子供なイメージだった。ゴリラの子供。力加減できない。
大島 母親がいつのまにか消えてますよね。
徳永 うん。ちょっと処理に困って。
一同 ははは。
徳永 だからまぁ呪いの解けたことにでもしよっかな。
小室 実際の母親は人間じゃないですか、でも母性っていうか、母親像を模型の牛の方に求めてるじゃないですか、それはやっぱミノタウロスのアイデンティティ的には自分が牛だってことに固執してるって、そういうことですか?
徳永 書いたときは母親とはそんなに交流がないってイメージだった。最初は「星」ってつけたけど、そのまま。母親との記憶はあんまなくて、たぶん途中でおらんくなったんだろうなみたいな感じで書いてたから。それで唯一母親を感じられる物が模型の牛だった。で、自分とも顔が似てるからっていう理由で迷宮に持ち込んだ。
大島 顔似てんだ。ダイダロスがやっぱ凝ったんだな。パーシパエ(母親)を牛化するとしたらこういう牛だろうなっていう。
徳永 そうそうそう。
大島 母親の匂いとかするかもしれんぐらいの。
徳永 模型の乳首とか吸うし。
大島 あーきめぇ。でもやっぱ映像的ですよね。非常に。
徳永 模型の牛出したくて。
大島 でも面白いのは、昔の話もすごいけど、現実の話も殺しまくったりしてエグイいっていう。どっちもなんか極端ですよね。
徳永 単純にミノタウロスかわいそうなやつ、ではないっていう。むしろ子供の方がかわいそうっていう。
大島 子供サイドとかもあんのかな。
徳永 メインになる生け贄役の子一人くらい作ろうかなぁって考えてる。
ミノタウロス会アーカイブ(前編)概要&Wikipediaを読んでワイワイ話す
開催日時:2020年11月28日
開催場所:阿佐ヶ谷地域集会所
参加者:5人(荒田、大島、小室、徳永、山下)
【進行】
13:10〜13:30 自己紹介&近況報告
13:30〜14:20 資料熟読&話し合い
14:20〜15:00 黙々とシノプシス執筆
15:00〜15:30 印刷タイム&休憩
15:30〜16:30 1つ1つシノプシスの講評、意見交換
16:30〜 休憩を挟みつつ、シノプシスをプロット化することについて考える
【お詫び】 執筆前セッションの部分について。 ICレコーダーを起動したタイミングの関係で、荒田さんのトーク部分が録音できていませんでした。 ノートによると、何故14人も生け贄が必要なのか、またミノタウロス伝説の起源となったといクレタ島で行われた祭りが大層興味深い。という大変面白いお話でした。載せられなくてごめんなさい。(大島)
【Wikipediaを読んでワイワイ話す】
大島(司会進行)皆さんには配布資料
Wikipedia「ミーノータウロス」↓
を読んでいただきました。シノプシスを書く前に、その材料として話をしたいという感じですね。よろしくお願いします。
小室 なんでWikiなんだろう。Wikipediaって誰でも編集できるじゃないですか。本じゃなくてWikipediaっていうのは、特に意図があるわけじゃないのかなって思うんですけど、逆にすごく面白い。このミノタウロス自体が伝説じゃないですか。何でもない人とかが少しずつ知恵を出し合って、1つのミノタウロス像がWikipedia上に出来てる。編集履歴みたいなのを見ると「PRIDEに参戦しているアントニオ・ロドリゴ・ノゲイラはこの怪物のように強いことからミノタウロという異名を取っていた」とかそういうどうでもいい記述が消されたり増やされたりしていて、なんかいいなぁー、面白いなっていう。あとストーリー的に見たときに、最近歌舞伎ハマってるんで「ちょっと歌舞伎っぽ」とか思ったり。あとダイダロスが本当にお助けキャラっていうか、この模型を作ったり、迷宮を建造っていうのも純粋に意味分んない。
大島 自分がないよね。
小室 まあそういう仕事だと思うんですけど。こういうお助けキャラっていうか、何でもやらされる人、いいなぁっていう。……この7人の少年、7人の少女っていうのがどれくらいの年齢かわからないんですけど、テセウスの方はやっぱ英雄っていうからにはもうそれなりに、
一同 本当だ!
小室 すごい年上のテセウスが生け贄として差し出されたのがちょっと面白い。あと「古代のクレタ島では実際に人間と牛が交わる儀式があったとされる」っていうのも、皆が欲求不満で牛をそういう風に使ってたのか、儀式っていうからには何か意味を持って牛と交わってたのか。どういう意図を持ってたんだろう。
大島 あったとされるだからなぁー。
小室 それもWikipediaを信じていいのかどうかみたいなところもあったんですけど。しかもミノタウロスの話、ミノタウロスの人間性みたいなところに全然言及されないじゃないですか?
徳永 うん。
小室 『成長するに従い乱暴になって手に負えなくなる』とかも理由がないじゃないですか、元々の牛としての気性がそうさせてるのか、牛の頭を持ってるっていうフラストレーションとかがそうさせてるのか。
大島 悲しいなぁー。牛なんだな、頭が。
小室 わかんないのが面白い。余白がすごくあって、ドラマチックなこといっぱい起ってて面白いなーって思いました。はい。
徳永 それぞれにエピソードが詰まり過ぎてて「誰でも主人公に出来そう」みたいな感じがあった。でも僕もミノタウロスが特に気になって。やっぱり「成長するに従い乱暴になって手に負えなくなる」のはたぶん、外的要因がいっぱいあったんだろうな、可哀相な奴だなって思っちゃった。だけどその少年期のトラウマからやっぱり……少年少女を集めたがる。
大島 どういうことだよ!
徳永 子供の頃牛だから構ってもらえなかったから、やっぱりちょっと少年少女と楽しくプールとか入って遊びたかったんだろうなと思って。それを迷宮でやってたんだろうなぁってちょっと思っちゃったね。ダイダロスに作らせて。ダイダロスは便利屋だから。そのダイダロスの便利屋感もみんな言ってたけどやっぱり面白い。「雌牛の模型を作って」って言われた時の顔が見たい、ダイダロスの「(戸惑い)あ、ああぁ?」みたいな。
大島 「牛が好き」って切々と訴えられる。それで一晩考えて、色んな手考えて、結局雌牛の模型プランに。
徳永 素材とか考えるんだと思って「フェルトじゃ無理だな」とか。
大島 初めは冷めてたけど作ると興奮してきて、のめり込んできて、
徳永 わかる。アーティストだから作るときにはもうもの凄くのめり込んじゃう。後はポセイドンのアイデアも凄い。「復讐どうしようかな」って思ったときに「そうだ。雄牛に性欲を催させて、ファックさせよう」ってなったポセイドンやべぇ。
大島 神様だから。
徳永 やっぱ神様やべぇなぁ。あと最初は「星」「電光」と名付けられたのに、結局「牛の王」みたいな「ミノス王の牛」みたいな結局、牛繋がりで呼ばれてしまうことに、アイデンティティの葛藤があったんだとも思うよね。
大島 そうか、本名はアステリオスなんだ。でも、この「呉茂一によると『アステリオス』という名前は、ゼウスの別号である『アステレペーテース』と同じ名前であるという」っていう記述も小室の言った通り、怪しい感じに見える。
小室 でも後ろに[1]っていうのがあるから出典があります。
大島 あ、そっか。ともかく、これを載せたいと思った奴がいて、それまでの文章にくっつけたわけだ。その辺がなんか皆の想いの集合体って感じがする。
徳永 このページの出典があるんここだけ?
小室 呉茂一自身が書き足してる可能性も。
大島 昔の人! でもあるやもしれぬ。
徳永 ミノタウロスにはトランスジェンダー的な葛藤もあったんだろうな、って。
大島 どういうことですか?
徳永 外見との内面とのギャップでこう。
大島 あー、内面は人間なのに!
徳永 人間なのに牛ってカテゴライズされていくことに葛藤があったのかなって。
大島 寝るとことか牛の方に近かったり
徳永 プレゼントで藁とか渡されただろうし。自分が何食うかもよく分からない。でも半分人間やから。牛の中に入ったら牛もたぶん引くと思うんよね。牛サイドもミノタウロスに対してドン引きするとこあるかなぁって思って。
大島 牛と一緒に寝ようとしたけど、
徳永 牛は寄ってこないとか。結局牛でもないから牛の友達も出来ないだろうなと思って。で、牛たちの上を少年少女が飛び越えるイベントっていうのもあるから、たぶんこいつ相当少年少女好きなんやなと思って、まあ、祭りやけど。みたいな感じですかね。
山下 あの、頭が牛なわけじゃん。どこにこう美しさを感じるんだろうなー。みたいなのはちょっと気になった。頭に注目したのか、その頭を持ってる身体に魅力があったのか。
大島 美しさ?
山下 そう。それを思ったのが一つと、あとは、少年少女たちが牛の上を飛び越えるイベントがそんなに楽しいものなのか。
一同 はははは。
山下 いや、ないじゃん、そんなことなんか。
徳永 でも跳び箱の昔の形みたいな。
大島 牛なんだ。調教された牛が。
山下 そっか。人気なのか。
大島 でも陰キャにとっては楽しくなかったと思うよ。
徳永 祭りに対してみんなどう思ってたのか知りたいよね。「きたきた」ってなるのか。「また牛と交われるぜ」みたいになるのか、そうでもないのか。
山下 そういうモチベーションなのかな。
大島 でも牛に託(かこ)つけて自分たちが盛り上がりたいっていう奴らに持っていかれてて、ほんとに牛が好きだった奴は楽しめなかったのかもしれない。
小室 本当に牛が好きってどういう……、
徳永 そいつはあんまり、どこへ行っても楽しめないと思うんだよね。
大島 わーわー言いながら飛び越えたり、すげー牛と戯れたりする奴らを傍目に見ながら「おれのが牛が好きなのに」「あんなやつら全然牛好きじゃないのに」って。
荒田 大島さんが牛が好きなのは、どういうところが好きなんですか?
大島 うーん、好きっていう理由が確固としてあるっていうより、台本書いたりしたときに、わりと牛が出てきたりすることに最近気がついたという感じです。
徳永 僕も芝居に牛と虎よく出してしまうかもしれん。
大島 もしかして好きなのかなぁ? みたいな疑いっすね。あんまり牛好きだと思って生きてこなかったんすけど。
徳永 理由はわからんけど、牛ってなんか象徴的よね。
大島 あと、この絵(Wikiの絵)がすごい良くて。取っ組み合ってる。牛であるミノタウロスが初めて他者とコミュニケーションを取ってるようにも見える。
小室 (絵について)頭だけとか言いつつ足とか、尻尾とかすごいめちゃ牛。
荒田 尻尾生えてますね。
大島 あとよくわかんない点々みたいなのが身体にいっぱいある。
徳永 ホンマや。毛?
大島 毛なんじゃないすか。……あとやっぱ角つかまれるんだよなぁー。
荒田 この後ろから延びてる白い手みたいなのは誰の手なんだろう?
大島 ほんまや、けしかけてるやつがいる。
徳永 少年少女。
大島 ほんとだ、でも一人だけ白い。
荒田 白い、か細い、か細い手。
大島 なんだろう。言われるまで気づかなかったっすね。
小室 全然関係ないんですけど、母親的にどうだったのかなって。正気に戻ったのか? めっちゃ「白い牛やば!」と思って子供ができて、頭とかどういう風に白い牛を受け継いでたのか分らないですけど、母親的には「いや可愛っ!」ってなって普通に愛して育てられたんだったらそれはそれでハッピーな感じもしそう。
大島 でもこれ書いてないっすねぇ。パーシパエがどうだったか。
徳永 ミノス王は黙って閉じ込めたけど。母親は、
大島 省略されてる。このあらすじ、シノプシスにおいて母親ははじめしか存在しないんですね。
徳永 ずっと牛好きな奴おったらちょっと扱いにくいってことなんかなぁ。
大島 母親の存在が消えてるってことも言われるまで気づかなかったっすねぇ。
小室 でも生け贄を送り続けてんのは母親かもしれない。
大島 あー。
小室 とか色々、そういう想像力の介入の余地がありますよね。
大島 ありますね。
徳永 閉じ込めたら、別に生け贄を送る必要なくない? ってなるもん。
大島 もう閉じ込めてるんだから。だけど母親が、
小室 まあ食糧として。
荒田 この閉じ込めたっていうのも、最初読んだときに疑問で。なんで殺さなかったんだろう?
大島 本当だ。っていうか迷宮を作って閉じ込めるってマジで意味分んないっすねぇ。
徳永 罰ゲームなんよなぁ基本的に発想が。
山下 迷宮って作れるの?(「迷宮」なのに)
大島 ダイダロスだからさ。すげー、めっちゃ考えて「自動的に壁が動く」とか「鏡を使って」とか。
徳永 ぼくポセイドンの入れ知恵かなって、てっきり思っちゃったけど、ポセイドンとは喧嘩してるもんね、ミノス王は。
大島 入れ知恵って言うのは?
徳永 この変な罰与える奴がポセイドンなのかなって。多分違うだろうけど。
大島 謎が謎を呼びますね。
徳永 息子殺ししたくなかったんかなぁ。
大島 あー。殺したくないけど一生飼う。座敷牢や。
徳永 息子殺したらほぼ地獄に落ちる感あるやん。
大島 地獄ないでしょギリシャに……いやあるか、地獄はあるか。
徳永 ハデスかなんかのところに落ちるでしょ。ハデスのところが地獄みたいな扱いじゃなかったっけ。
大島 なんか混乱してきた。ギリシャ神話とキリスト教、もうあんまミノタウロスの話と関係ないけど。
小室 ギリシャ神話に行っちゃうともう。関連性とか無限に広がり過ぎて。
徳永 ディズニーの『ヘラクレス』しか知識ない。
大島 (ギリシャ神話は)ユニバースだから。
徳永 とりあえずヤなこと起きそうやん、息子殺しは。呪い的なものありそう。
大島 とりあえず、なぜ迷宮に入れたかってことについては色んな意見があると。
大島 ……あれ、ミノタウロス別に王の息子じゃないですよね?
荒田 妻の。
大島 妻の子供だ。っていうか、白い牛はどうなったんだよ! 母親とどっか行ったのかな。
小室 あー。それいいなぁ。
荒田 母親と駆け落ち。
大島 駆け落ちして、残されたのがミノタウロスだけなんだ。
徳永 味方がおらんのや。
大島 ミノタウロスが、
荒田 妻の、
大島 妻との唯一の、
荒田 つながり、
大島 つながりなんだ。複雑な話だなぁ。
荒田 それか娘しか生まれなくて、万が一、呪いが解けたら。万が一牛から人間になったら、王位を。
大島 そういう気持ちはあるかもしんない。なんか、メルヘンですねちょっと。
大島 ポセイドンって便利ですよね。ギリシャ悲劇とかってそうですけど、神様が命令することによってめちゃくちゃ話の大枠ができるというか。
徳永 だいたい初期設定神様が作るよね。……ダイダロスが「雌牛の模型作って」って言われた瞬間、シーンとして映(ば)えそうよね。
大島 牛と交わってたことを知った夫の気持ちやいかに、みたいな。
徳永 「寝取られた!」みたいな気持ちになるのかなぁ。
大島 さあ。「ポセイドンめぇ!」ってなるのかも。
小室 ポセイドンは「じゃあもうお前の嫁をめちゃくちゃにしてやる」って言って、やったのか。その場は怒っただけでそのことは言わなかったのか。
大島 なんとなくこの文章だと知らぬ間に騙して、別の牛を生け贄として捧げて、上手いこと騙したぞと思ってたけど、見抜かれてて、で、呪いをかけられて。
徳永 おいおい予言者的な人が出てきて説明してきそうよね。
大島 オディプスじゃん。
徳永 みたいなノリで説明してきそうじゃない?
大島 でも、できますよね。「なんでこうなったかっていうと、お前があの牛を生け贄に捧げなかったからだ」って言われて「あぁーっそうだったのかぁ」って。
徳永 ……ミノタウロスがおるってことは市民たちも知ってたのかな。
大島 市民たちが出てきた。
徳永 なんか自分にそんな関係者がいるってことを隠したいのかなこいつって思って。
大島 皇室のゴシップみたいな感じなんすかね。「王には牛の子供がいるらしいぜ」「迷宮に閉じ込められているらしいぜ」
徳永 ミノタウロス、ラビリンスの中で何して暮らしてたんやろ。
大島 謎ですね。
徳永 少年たちと戯れてたんかなぁ。マイケル・ジャクソンみたいに。
大島 ごはんどうするんだろう。
徳永 ごはんね。
大島 生け贄いたわ「食糧としてアテナイから9年毎に7人の少年、7人の少女を」
徳永 足りる? 9年で、1年に1人ぐらい?
大島 めっちゃサバイバルするんですよ少年たちは。で、ちょうどいい具合に。9年生き延びた奴がいて、そいつが最後に食われて、次の子供たちが入ってくるんですよ。
徳永 ミノタウロスそれ楽しんでるんやろうなぁ。そんな、ハリウッド映画みたいになってきた急に。
大島 でも日本の映画たまに、こういう風に閉じ込められて誰が生き残るかみたいなんありますよね。
徳永 あるある。定期的に流行るよね、なんか。生け贄の少年サイドからの話。
徳永 ピカソがさあ、このミノタウロスに「男を嬲り殺し女を陵辱し快楽の限りを貪るこの怪物に」って書いてるけど、ぼく、この一文を読む限りそこまでのイメージは沸かんかったんよね。
大島 でもやっぱ、このWiki以上に色んなイメージが散々使われまくってる怪物だからじゃないですか?
徳永 「異端者の地獄で異端者を痛めつける役割」って書いてあるけど、こいつが一番異端なんよね。
話し合いのあと、ある者はノートPCで、ある者は紙とペンで、黙々と執筆をはじめる。
できたシノプシスとそれに対する講評は後編にて!
後編はコチラ→(後編)シノプシス発表&講評
2020年11月28日にやる活動 参加者募集中!!
11月28日に下記のような活動をやります。参加者募集中!!
半日くらいで出来る演劇的な活動のお誘いです。
友人、知人、そうではない方、戯曲を書くことに興味のある方、牛が好きな方、時間がある方、
以下の企画書にピンときましたら、ぜひ御連絡を!!
◎★◎▲◎★◎▲◎★◎▲◎
◎【企画意図】
今、ミノタウロスが熱い(私の中で)きっかけは何だったか忘れたけれどWikipediaのミノタウロスの項を見ているときに「これは戯曲になるぞ」という実感が湧いた。
神話。色々な登場人物が出てきて、突拍子もない行動をする。不幸な運命。恋。闘い。むちゃぶりされる発明家。怪物の誕生。どの場面を切り取るかで作者の個性が出るし、簡単にドラマが生まれそうな内容が盛りだくさん。
おそらく他にもまだまだWikipediaには戯曲になりうる、もしかしたらもっと相応しいものがあるかもしれないが、今回はこの牛の話。
戯曲を書く人(経験は問わない)が複数人集まって、お互いの発想や手練手管を披露しあうという場はとても有益だと思うけれど、そんなにない。一つの題材の劇化を巡って、話し合い、実際にその手癖を見せあうことで劇作と言うものについて何か学びがあるのではないかと思い〼。
★【実施内容】
・話し合い
・それぞれシノプシス(あらすじ)を書く
・それぞれのシノプシスを発表、感想、意見交換
(時間があれば↑にエクストラで)
・一つのシノプシスを使って、皆でパート分けして制限時間内に戯曲を書く。(完成は目指さず時間で切る)
・繋げて読んでみる(黙読でも音読でも良い)
・感想を話して終わり
▲【日時等】
開催日時:11/28(土) 半日程を予定(11:00~17:00とか)
場所:都内の公民館など
対象者:友人、知人、企画に興味のある人
評価:記録を取って、後日まとめる。アーカイブにする。希望者に配布
◎★◎▲◎★◎▲◎★◎▲◎
他にもやりたいことを話したので、企画書にしたものをここに置いて行きます!
「センチメンタルな岸田戯曲を読みなおす」
https://drive.google.com/file/d/1FTTgJ5ayeecqd4RycrBj-uXmrJTEpq7P/view?usp=sharing
(企画書随時追加予定!)
参加のご希望、お問い合わせは、
mawaruazarashi@yahoo.co.jp
まで!
今年のこと②&イベント告知など(しかし脱線)
前回の記事から283日後の更新だそうだ。
時が経つのは早い。
皆さんも多くの方がご存知かと思われますが、コロナの影響で、様々なイベントが中止になりました。5月の文フリはなくなりました。
演劇の公演もたくさんなくなりました。
実施が決まっていたものだけではなく、まだ何も決まってなかった公演がたくさん消えたことだと思います。
範宙遊泳に『うまれてないからまだしねない』という作品がありましたが、
(みました。懐かしい。)
しねないかどうかはわかりませんが、うまれなかったことは確かです。
個人的なことを書くときりがないので、もう書きません。
色々予定が変わってしまいました。
今年はローリングあざらし撲殺として公演をすることはないでしょう。
しかしながら、細々と続けています。
緊急事態宣言のあたりは全然、会いませんでしたが、
世間的にも「外に出てOK、むろし(ママ)金使え」みたいな感じになってきてから、
われわれは細々と会い(月1か月2で)お互いのやりたいことなどについて話しました。
世間的にも色々緩和というか、ゆるみはじめ、結局のところ何がどうなのか無知な私にはわかっていませんが、とりあえず、自分で責任取れる範囲で、人と集まることを呼びかけることは可能になってきたんじゃないかと思いました。
しかし、あえて書き、思いますが、自分に責任が取れる範囲なんてわかりません。
責任、といえば、押し付けるイメージがあります。自己責任とか。
相手の責任とか。
クソみたいな言葉だと思います。
人が病気になると、まずい、とか。
気まずいとか、でもしょうがない、とか、
僕はしょうがないと思うけれど、相手がそう思ってくれない、とか、
色々な状況があると思いますが、責任という言葉はなるべく信じないようにしようと思います。
といっても、信じないだけで、たぶん、これからも日々使ってしまうし、
むろし(ママ)しょっちゅう言ってしまうような気もするし(俺の責任です。俺の責任じゃない)信じない、といっても、僕は人一倍信仰心が無く、それ故に、揺れがちで、自分が何を信じないと思っていたか、何を信じようと思っていたかを、毎日9割がた忘れて、ときどき思い出すように生きています。
さて、異常なにが痛いかというと、失礼、
以上、何が言いたいかと言うと、
脱線でした。
本線に戻します。
本線については次の記事で。
2020.10/28 大島
今年のこと
われわれは相変わらず、継続的に活動している。
去年最後のミーティングは12月28日に、渋谷区代々木にある、非常に感じのいい、古いビルの中の一室で行われた。
小学校みたいな階段を3回分登った大きな部屋で、窓も大きくて、ガラス越しに代々木の街がよく見えた。
太陽がSUNSUNと注ぐ、年末らしい晴れた日だった。
すごく幸福感があった。
その日は、おもに今年やることについて話した。
2019年に一発公演を打てたことは僥倖だった。
モチベーションは上がった。何はともあれ、やった。動いた。
2020年も一発はやりてぇなぁ、ということから話は始ったが。
すぐに公演をやるとなるとどうも、あくせくしていけねぇや、という流れと、
「どういう公演したい?」「既成戯曲をやってみたい?」「なんで?」「演出の勉強になりそう」「演出の勉強?」「うん、演出の勉強したい」「それってどうすればできるの?」「さあ?」「勉強ってどうしたらできるの?」
という流れで、とりあえず、勉強をすることにした。
そこから、さまざま、勉強の話になった。
例えば、
「8月にやった公演(稽古)期間は、とても密度の高い1月だった。仕事の都合で、基本、土日のみとはいえ、人を呼んでみせるからにはと、ほぼすべての土日を稽古に当てたし、終盤は有給やらなにやらを駆使した。(ま、実際は、多くの時間が台本の話し合いなどだったけれど)仕事以外の時間は、ほぼ、公演関係のことをやっていたといっても過言ではない。……終わった後にふと思ったのだけど(お風呂に入っているとき)あの熱量、時間、労力をすべて勉強につかったらどうなるんだろう?」
つまり、稽古っていうものはかなり詰めてやる。
本番があるがゆえに、いやいやながらでも、やる。
時間をかなり使う。非効率極まるくらいに。生活を浸食するほどに。
これを、演劇の(演劇のためなら他の科目でも?)勉強に使ってはどうか?
つまり、稽古期間、みたいなものを勉強する時間にできないか。
ということを思いついた。
むしろ、稽古=勉強的な。
その話、から、また話は変わり、
とりま、文学フリマに、出店することに決めま、した。
それは5月。
これと勉強的な物を絡めれば良いのではないか?
その後、
同室に、大学院で、ダンスの研究をしていた人などもいたので、色々、勉強について、話した。
ということで、来年、いや、今年前半のローリングあざらし撲殺は、勉強をします。
その経過を、ちょっとでも、このブログに落として行けたらと思います。
(僕ももうすぐ、部屋にネットを引く予定なので、更新頻度は少しは上がるかも。)
最後に、この勉強計画について、掲げた原則(仮)
・勉強の目的は演劇をするため(目的があれば、おそらく良く勉強できる。)
・哲学的なところには踏み込まない(基礎教養のないうちからそこに踏み込まない)
そして
・「しんどいな、ってなったら、やめよう」
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われわれは、定期的に集まり、演劇にまつわる活動しています。
たとえば、今年は、勉強しつつ、公演をやります。
平時は主に、月1で、活動内容についてミーティングしていますが、
何かイベント事を計画して、その実践をしているときは、もうちょっと集まる頻度が高いです。
われわれには、それなりに、友人がいて、ときどき、友人も含めて、活動します。
そんな我々の活動に興味のある方は、ぜひ、お便りください。
→mawaruazarashi@yahoo.co.jp